福工大と中小企業の出会いから生まれた
非接触3次元画像計測システム

 
 産学連携がしきりに言われているが、大学で研究・開発されている大半の技術はまだ活用されないままになっている。ニーズに対する視点が大学と民間企業では異なるからだし、そのような視点が大学にないことも一因している。だが、ふとした「出会い」から商品化されることもあるし、民間企業の視点で磨けば商品化できるものも多い。福岡工業大学・盧研究室とマツノデザイン店舗建築が共同開発した非接触3次元画像計測システムもそんな一つである。  
マツノデザイン店舗建築(株)
松野國一社長
「こんなものが作れないか」
その一言で生まれたシステム

 「FITテクノクラブでの出会いから生まれた技術です」
 非接触3次元画像計測システム開発のいきさつについて尋ねると、マツノデザイン店舗建築鰍フ松野國一社長はこう答えて笑顔を見せた。
 FITテクノクラブとは「大学が保有する研究成果を社会や企業に活用する」「社会や企業からのニーズを大学の研究活動に取り込む」ことを目的に、福岡工業大が設置した産学連携推進の登録制クラブ。2000年にスタートして以降、地場中小企業との間で共同研究も行われており、その中には実際に商品化にまでこぎ着けた物もいくつかある。
 「盧先生の発表を聞いた時、こんなことができないかと提案したら、最初はその程度のことは簡単にできると言われましたよ」
 と松野氏。「それなら」と共同研究を開始したのだった。
 松野氏の仕事は社名からも判断できるように商業施設のデザイン・設計から施工まで。最近は商業施設や店舗のリニューアルを依頼されることも多いが、その場合、苦労するのは物件の計測。以前の設計図があればそれを見れば済むが、残ってない場合は現地に行って計測しなければならない。
 小さな物ならメジャーで実測するが、高所に取り付けられた看板の類や大きな構造物になるとメジャーでの実測は難しい。赤外線レーダーや光波距離計による計測方法などもあるが、計測機器を購入するのに100万円以上かかるなど費用が高い上に、小回りがきかない、手間がかかる、人数が最低でも2人以上必要などの問題がある。そのため、同業者の多くが無理をしてでもメジャーによる計測に頼っているのが現状である。
 「高いところに登って測るのは危険ですし、メジャーでは正確に測れないこともあります。なんとか安全に、そして正確、効率的に計測できる方法がないかとずっと考えていました。しかもローコストで」
 福工大・FITクラブで盧存偉(ルー・ツベイウェイ)助教授の研究発表を聞いた時、持ち前の好奇心も手伝い、「先生の研究を建物の計測に応用できないか」と質問したのが共同研究を始めるきっかけになった。

カメラ1台を上下にずらし
撮影することで低コストに

 盧助教授の専門はコンピューターによる制御システムの実用化と3次元画像計測である。FITクラブで発表したのは3次元画像計測システムの実用化についてだった。
 3次元画像計測には計測装置から対象物に光を投射し計測する能動型と、2台のカメラを左右に並べて対象物を撮影し、三角測量の原理で画像の距離を測る受動型の2種類がある。
 精度、安定性の面では能動型が優れており、工業現場では主に能動型が使用されているが、最近はコンピューターの処理能力の向上やカメラの高性能・低価格化もあり、受動型の3次元画像計測システムも実用化され始めている。
 盧助教授が開発した計測システムは市販のデジカメ1台を三脚で固定し、被計測体の写真を2枚撮り、あとはパソコンで3次元座標を計算するというもの。
 3次元計測は2台のカメラを左右に並べて撮影する方法が一般的だが、盧助教授が開発したシステムはカメラ1台で2枚の写真を撮影するのが大きな特徴。左右に2台カメラを据え付ける代わりにカメラを1台にし、上下に動かして2枚撮影するのだ。そのため必要なのはカメラの他には三脚1台だけ。いずれも市販品で十分なため、従来の3次元画像計測システムと比較しても格安に済む。
 計測範囲はカメラレンズの取り替えで数ミクロンから数10メートルまで可能。計測精度は数センチから数ミクロンまで可能だ。
 とはいえ、一気にここまで来たわけではない。理論値と実測値が異なるように、研究室で出した数値通りにはならないのが現実でもある。そこに商品開発の難しさがある。
 「最初、高い建物の上の看板を測れるかと尋ねたら、精度はどれくらいを要求するのかと言われたから1センチと答えると、ミクロの精度をやっているから、その程度のことは簡単だ、という返事だった」
 と、松野氏は当時を振り返る。
 だが、実際に実用化に向けた実験に入ると思った結果がなかなか出なかったのも事実だ。晴天の時と曇天の時ではデジカメの精度が違うし、晴天の日でも明暗差がありすぎると陰になっている部分の計測がうまくできなかった。
 3次元画像計測は2枚の写真の対応点を合わせ、画像上の距離を測るため、画像が鮮明でなければ誤差が大きくなる。誤差を小さくするためにはカメラの精度を上げればいいが、それでは価格が高くなりすぎる。試行錯誤の結果、いまでは600万画素クラスのデジカメで撮影したものであれば誤差は2〜3ミリ程度にまで精度を上げることに成功している。
 「このシステムを使えば物体の長さとか面積だけでなく、体積から重量まで割り出せます」(盧助教授)
 現在、同システムは3次元画像計測実用システムとして福工大とマツノデザイン店舗建築が共同出願中だ。

需要予測は大きいが、商品化に向けた課題も
 
 「非接触3次元画像計測システムのいいところは安全、正確、効率的というだけでなく、パソコンに取り込んで計算するから寸法入り図面がすぐ完成するし、見積書までその場ですぐ出せるなど、業務が非常に簡素化され、スピーディーになることです。しかも、従来のメジャー測定に比べてコストが10分の1に下がります」
 松野氏の予測によれば、国内の建設関連業界だけで100万台の需要(建設関連業種100万社。1社1台の計算)があるという。さらに携帯電話搭載のデジカメでも測れるようにすれば需要はさらに伸び、250万台は増えるとの計算。今後は商品化に向けてのマーケティング、価格設定、販売方法の検討などをしていく予定である。
 では、一気に商品化、市場へ投入と突き進めるかといえばまだまだ課題は多い。ベンチャー企業や産学共同開発で陥りやすい罠が待ち受けており、それらをいかに解決するかだ。
 一つには類似システムの出現への対応である。いまや3次元画像計測はポピュラーになりつつあり、似たようなシステムが皆無ではないということ。
 とすれば、価格と速やかな市場への投入が勝負になるが、この点で資金力のないベンチャー・中小企業は弱い。
 次に、研究開発までは大学が力になるが、商品化については大学はまったく力にならないということだ。販売面を含め、以後はベンチャー・中小企業側にすべてがのし掛かってくるため、その部分をバックアップ、あるいはサポートしてくれる組織があるかどうかだ。
 3つ目はお決まりのほめ潰しだ。開発は最初の小さな1歩に過ぎないが、その成果を過大に評価し、次のステップへの挑戦(商品化・販売)を忘れさせる勢力が必ず現れてき、結果、ほめ潰される危険性が潜んでいる。
 これらをすべてクリアできるかどうかが、本当の勝負だろう。
 データ・マックス刊「I・B」'04.7.5号に掲載